ヒューマンドラマ

父の願いはただ一つ「あの子のままで生きて…」温もり溢れる感動作|ジェット・リー主演映画『海洋天堂』


原題『海洋天堂』2010年製作

──中国・青島チンタオ。癌を患い余命宣告を受ける心誠シンチョンの気掛かりは、自閉症の息子・大福ターフーだ。そばに居られるうちに大福ターフーが安心して暮らせる場所を…そう願うが、簡単には見つからない。だが、心誠シンチョンは決して一人ではなかった。14年前に妻を亡くしてから、男手ひとつで大福ターフーを育てた彼の姿を見て来た隣人や恩人、職場の仲間に支えられ願い通りの施設で新生活が始まる。つまずきながらでも、ゆっくりと出来ることを覚えて行く大福ターフー。そして、限られた時間は残り僅か。心誠シンチョンは“父から息子へ”大切な事を教えようとするのだった…。

<span class="fz-12px">ゆきお</span>
ゆきお

ジェット・リーの代名詞と言えば惚れ惚れするカンフーアクションだが、『海洋天堂かいようてんどう』では平凡な父親・心誠シンチョンを演じている。まっすぐで不器用な性格から滲み出る優しさ。息子を包み込むその手は、とにかく温かい。そして私は、心誠シンチョンの心情があらわれる目に引き込まれホロリとしてしまう。

<span class="fz-12px">ツトム</span>
ツトム

自閉症の子供を持つ父を描いた『海洋天堂かいようてんどう』が製作された経緯。それは、シュエ・シャオルー自身が自閉症児の母と出会ったからでした。自閉症支援施設で実際に抱える問題あるいは家族に先立たれた自閉症児。14年間のボランティア活動を通じて、様々な現実と向き合った彼女は脚本家として作品を執筆。そして、初めて監督に挑戦しました。自閉症児と接したシュエ・シャオルーが作品に込めた思い、願いを感じてみて下さい。

ここから先は、映画『海洋天堂』結末ネタバレありのストーリーを綴ります。(本編1時間38分)

また、下記の時間表は、あくまでも目安です。

休暇をもらって、自閉症の息子・大福ターフー(ウェン・ジャン)と海に来た心誠シンチョン(ジェット・リー)。

周りには旅行だと言ったが、本当は心中を図るつもり。
末期癌で余命僅かの父。一人残される息子にしてやれる事はコレだと考えた。

このまま二人で海の底へ…しかし、足かせを解いた息子は父と生き延びる──

電気がついた心誠シンチョンの家に、チャイ(ジュー・ユアンユアン)がやって来た。
向かいに住む彼女は、素直で働き者。大福ターフーのことも理解し、父子だけの暮らしを支える。

そんなチャイの恋心に気づいているからこそ、心誠シンチョンは友人以上の態度は取らなかった。

3歳で障害があると分かった大福ターフーは、誕生日を迎えて21歳に。
プレゼントされた大きな犬のぬいぐるみを、テレビの上に置く日課が追加される──

心誠シンチョンの職場は水族館。設備管理や清掃が主な仕事。
長年一緒に出勤する大福ターフーにとっても、そこは居心地の良い場所だった。

水族館職員に旅行先を聞かれれば「海に行った」と、迷わずに返事する大福ターフー
しかし、「心誠シンチョンは良い父親だな

ソレに対する、自分の気持ちは言えなかった──

花の水やり、テレビの上に犬のぬいぐるみを置く。
色々な日課をこなした大福ターフーの一日は、父にシャツを脱がせてもらって終わる。

癌の痛みに耐え、大福ターフーの身の回りの世話をする心誠シンチョン
亡くなった妻(カオ・ユアンユアン)と三人で撮った家族写真、眠る大福ターフーを見つめた──

優しい大福ターフーだが日課を乱されると癇癪を起し、ソレをなだめるのは大変だ。
改めて息子の将来を考えた心誠シンチョンは、大福ターフーが子供の頃に通った養護学校を訪ねる。

ところが、恩人のリウ校長はすでに退職。
幸いだったのは、脳卒中で倒れたが健在だと知れたこと。

後任のフォン校長も、親身になってくれる人物だった。
心誠シンチョンが抱える事情を知ると、大福ターフーを受け入れてくれる施設探しの協力を約束する──

チャイが営む日用雑貨店に来ればアイスを食べて、並んでいる商品の向きを正すのが大福ターフーの日課だ。

日を追うごとに、癌の痛みがひどくなっていく心誠シンチョン
家の鍵はここに掛ける、卵の焼き方(割り方)。

これまで自分がやっていた日常生活の行動を、何度も何度も大福ターフーに根気強く教えた──

チャイの店で、日課のアイスを食べようとする大福ターフーを叱る心誠シンチョン
教えられた事を思い出す大福ターフーは「買う… お金…」と答えるが、思うようには行かない。

そして、家に帰ってからも“苦手な授業”が続くと、ゆで卵を上に投げて遊び出してしまう。
ソレは水族館にやって来たサーカス団の一員、鈴鈴リンリン(グイ・ルンメイ)を真似たもの。

これから数日間、顔を合わせるようになる二人は、心を通わせることになる──

大福ターフー(ウェン・ジャン)は少しずつ日常生活の行動を覚えるが、受け入れてくれる施設探しは困難を極めた。

心身が弱る心誠シンチョン(ジェット・リー)を、間近で見ているチャイ(ジュー・ユアンユアン)。
力になりたくても心誠シンチョンは何も言ってくれない。隣にいる事しか出来ない──

後日、心誠シンチョンの留守中に訪ねて来た病院の先生からチャイは薬を預かる。
隠し通すことは出来ず、すべて打ち明けると「大福ターフーの事は私に任せて」と、彼女は真剣だ。

ところが、真っ直ぐなチャイの思いをはぐらかす心誠シンチョン
大福ターフーは泳ぎの達人だ 閻魔さまから逃げ切った」

最後まで希望を捨てない心誠シンチョンだったが、大福ターフーに異変が起き始める──

曲芸で使うボールを奪ってサーカス団員を激怒させる大福ターフーは、鈴鈴リンリン(グイ・ルンメイ)まで困らせてしまう。

騒ぎを知って駆け付けた心誠シンチョンが、癇癪を抑えようとする。
そして、ボールを取った父の腕に噛みつく大福ターフーを、時間をかけて落ち着かせた──

水族館で魚やウミガメを見ていた大福ターフーは、鈴鈴リンリンに卵をあげる。
家族はおらず孤独の鈴鈴リンリンは、大好きだったお婆ちゃんがいる空を指さす。

見上げる大福ターフーが笑って手を叩いた意味がハッキリとは分からないが、彼のお陰で鈴鈴リンリンは笑顔になった──

ある晩、成果もなく施設探しから帰った心誠シンチョンを待っていたのは恩人のリウ校長だ。
養護学校のフォン校長から話を聞き、北京から駆け付けてくれた。

その後、リウ校長が紹介してくれた養護施設に大福ターフーの荷物が運ばれ、新生活が始まる。

大福ターフーと別れ、リウ校長と施設をあとにする心誠シンチョン
悲しむでもなくあっさりとした大福ターフーの様子に、分かっていても物足りなさと寂しさを感じる。

ずっと一緒だった息子が居ない家に帰った心誠シンチョンは、犬のぬいぐるみをテレビの上に。
家族写真、ゼンマイ式の玩具。大福ターフーがどんな風景を見て、あの海で何を感じていたのか。

息子のベッドに横になり思いを巡らせる心誠シンチョンに、養護施設から連絡が入る──

こんなに長く、心誠シンチョン(ジェット・リー)と離れ離れになった事はない大福ターフー(ウェン・ジャン)。

他の誰かではダメ!父にシャツを脱がせてもらわなければ、安心して眠ることなどできない。
ようやく日課を終えた大福ターフーは、眠ってからも確かめるように心誠シンチョンを触った──

新しい環境に慣れるまで、養護施設で暮らすことにした心誠シンチョン
見送りに来たチャイ(ジュー・ユアンユアン)に、再婚しない正直な思いを伝える。

「“相手”に負担をかけるのが心苦しい」と、申し訳なさそうに、照れ臭そうに。
心誠シンチョンの優しい気持ちを受け取ったチャイは、大福ターフーに駆け寄り「また店を手伝ってね」と言った──

これまで、保護者と連絡先が空欄だった大福ターフーの名札。
しかし、安心して暮らせる居場所が見つかり、ソレを記入する心誠シンチョン大福ターフーに話しかける。

返事はいつものオウム返しだが、背中を向けて眠る大福ターフーに自分の気持ちを伝えた。
「父さんはいつの日かいなくなる 寂しいと思う?」「寂しいと思う?」

「…父さんは寂しい すごく寂しいよ」──

シャツの脱ぎ方、ゆで卵の作り方。心誠シンチョンは繰り返し、大福ターフーに日常生活の行動を教える。

その中でも大福ターフーが苦手だったのは、養護施設と水族館の往復に欠かせないバスの下車。
「降ります」と言って、下車の意思を知らせなければならない。

ある日、大福ターフーだけをバスに乗せた心誠シンチョンは、最寄りのバス停に先回りする。

車掌が「次は、上東シャントン通り」と知らせ、「降ります」と下車する人が動き出した。
しかし、大福ターフーは言うことも動くことも出来ないまま、バスは走り出してしまう。

慌てて急停車させた心誠シンチョンと無口な大福ターフーに、激怒する車掌。
心誠シンチョンは「言えない子もいるんだ!」と、怒鳴り返した──

上東シャントン通りで、お降りの方はいませんか?」と、車掌に扮した心誠シンチョン大福ターフーに呼び掛ける。
何度も何度も優しい声で「次は、上東シャントン通り…」

すると、小さな声だが大福ターフーが「降ります」と、言えた。
ソレを褒める心誠シンチョンが、もっと大きい声で「降ります!」と言えば、大福ターフーも真似て元気に「降ります!」──

その後、大福ターフーに清掃の仕事を教え始める心誠シンチョン
ところが、癌の痛みと“もどかしさ”に襲われ、大福ターフーを頭ごなしに叱ってしまう。

しゃがみ込んで涙を流す大福ターフー
謝る心誠シンチョンは「ゆっくり覚えよう」と、抱きしめる──

大福ターフー(ウェン・ジャン)に水族館の清掃の仕事をやらせて欲しいと、館長に頼む心誠シンチョン(ジェット・リー)。
長い付き合いの父子を理解している館長だが、これからを思うと不安が拭えず即答は出来ない。

同じ頃、鈴鈴リンリン(グイ・ルンメイ)と穏やかな時間を過ごす大福ターフーは、教えてもらった電話を楽しむ。
しかし、彼女と会える日課は、サーカス団の移動により突然なくなってしまう──

行方不明騒動まで起こすほど寂しい気持ちを抱えた大福ターフーに、教えたい事がある心誠シンチョン

そして、大切なチャイ(ジュー・ユアンユアン)には、骨壺用だと言って自分の写真を渡す。
弱気な心誠シンチョンを叱るチャイだったが、彼の思いを察して受け取った──

大福ターフーと水族館をまわる心誠シンチョンは、ウミガメを指さし伝える。
「ウミガメは長生きするんだ 父さんもウミガメになる 父さんはずっと大福ターフーと一緒にいるぞ」

手作りの甲羅を背負って大福ターフーと泳ごうとするが、溺れかける心誠シンチョン
衰弱した体で無茶をする彼を助けた館長は「お前まで溺れ死ぬぞ」と、叱った。

すると、妻(カオ・ユアンユアン)が海で溺れたのは“事故”だとは思えない心誠シンチョンが本音を伝える。

彼女は我が子に愛情を注ぐ母だったが、大福ターフーの障害が分かると受け入れられなかった。
「無理もない 誰もが障害に向き合えるわけじゃない」──

母に似て水泳が得意な大福ターフー
妻に思いを馳せる心誠シンチョンはウミガメとなって大福ターフーと泳ぎ続け、静かに天国へと旅立つ。

チャイ(ジュー・ユアンユアン)やリウ校長、館長らが参列した葬儀。
大福ターフーは、空を見上げて手を振った──

朝、テレビの上に置いた犬のぬいぐるみを、心誠シンチョンがしたようにソファーに戻す大福ターフー
台所に行くと日課である“ゆで卵作り”を始め、養護施設の所長たちは手を貸さずに見守った。

支度が整い、施設を出た大福ターフー。車が来ないか左右確認してバス停へ。
上東シャントン通りで、お降りの方は?」「降ります!」

水族館に出勤し、丁寧に清掃する大福ターフーを館長が見守る──

館内の清掃をしていると、公衆電話から聞き覚えのあるベルが鳴った。
「ベルが鳴ったら、必ず受話器を取ってね…」

取った受話器を不安げに見つめる大福ターフーだったが、その向こうに安らぎを感じて笑顔に──

ウミガメになった父の背中に、ピッタリくっつく大福ターフー
“忘れないで 父さんはウミガメになる ほら、一緒に泳いでる”──

谨以此片献给平凡而伟大的父亲母亲 “平凡にして偉大なる全ての父と母に捧ぐ”